2012年4月19日木曜日

第28回 全日本宮古島トライアスロン大会 バイク

昨日は残業で遅くなり、レポートが書けなかった。
朝からバイク編を記載する。
==================ここから長文
東急ホテルの玄関前を通過して、
右腕をぶんぶん振り回すが右腕の感覚は戻らない。
握力も半分以下に落ちている感じがする。
ブレーキングが危ういし、ボトルは取れない。
この時、フロントボトル(口だけで飲める)があって良かったと思う。
この先、坂道ダンシング(立ち漕ぎ)ができるか不安となる。
下地(しもじ)から平良(ひらら)までの道は緩やかな上りでダンシングは必要ないが、
このままの状態が続いたらどうしようかと焦る。(やべー)
とりあえず、そのうち回復するだろうと
あきらめて走りに集中することにした。

バイクペダリングは快調で、速度メータを見ると時速38km/h。え、マジかよ。
練習でも平地走行は最高37km/hまでしか出したことがない。
それでも抜かれることがあるということは、流石にみんな速い。
宮古島は時間経過とともに風が強くなる傾向なので最初から飛ばす計画だった。
心拍数を確認しながら140拍/分以上は上げない程度で走行する。
川満(かわみつ)を過ぎて平良までの緩やかな上り、空港に右折する手前に、
中学の同窓が作ってくれた、応援幕がある。
こんな応援してもらったのは初めてで俄然気合が入る。
この時は追い抜くことの方が多かった。
それから、BCAAを忘れていることに気付く。
(※2つ目の失敗、RunFinish袋に全部入れたままだった。)
下地線からパイナガマ海岸に向かう道路で急な下りになる。
右に急カーブして港を通り過ぎてパンク修理している人がいた。
可哀そうだと思いまがら、自分が空気入れボンベを持っていないことに気付く。
(※3つ目の失敗、自転車は空輸なのでボンベは宮古島で購入することになっていた。)
この辺りから上りが始まるのだが、ようやく右腕のしびれが回復してきた。
少し安心する。
狩俣(かりまた)を過ぎて、池間島に向かう橋は風がありペースがダウンする。
池間島を一周して来た人達は団子状態でドラフティング禁止を無視した走り。
『みんなまだまだ元気があるんだから止めようよ!』と思いながら、
結局のところ橋は混雑していて自分も同じ状態だったと思う。
池間島まで走行距離30km、平均時速約30km/h強、まだまだ元気で走りは快調。
次は東平安名崎(ひがしへんなざき)目指して走る。
途中にデータ上では一番辛い上りがある。
しかし実際に走ってみてそんなに苦にならない。
この辺りでもパンク修理する人がいて、忘れていたことが蘇る。(ボンベ忘れ)
パンクしたらアウトなんだと思い、慎重な走りを心掛けようと意識する。
この辺りから暑さが気になり出した。
午後は雨の予報であったが、
まったくの良い天気。
そして東平安名崎(ここまで70km)、
海岸線が素晴らしく、『最高!』と何度も大声を出した。
声を出せば元気がでた。
そして、今回のバイクコースで一番辛かったところ、
七又海岸を過ぎて内陸部に向かう坂道、
殆どの人が苦戦していた。
ここは練習で何度も走った遊行寺(神奈川県)の坂以上だと思った。
足が痙攣して停止していた方もあり、自分でも一番苦しいと思った。
その先の上野(うえの)に向かう坂も厳しかった。
それでも、上野から下地に向かう道路は平坦だとわかっていたので頑張れた。
ここら辺りで腰が痛みだす。慣れないDHスタイル、坂道など負担が掛かったようだ。
上野を過ぎて下地への長い下り、途中に親父が通うデイサービスの"宮古島長生園"がある。
前日親父を伴って行ったばかりだ。たくさんの年寄が応援していた。
『おじい、おばあ、まいふか、まいふか(ありがとう、ありがとう)』
と大声をだして通り過ぎた。
そして、実家に一番近い場所で兄貴たち応援団(両親、兄弟、親戚など)発見。
下りのスピード走行時だったのであっという間にとおり過ぎた。
『みんな有難う』の感謝の気持ちである。
その後は、腰の痛みを緩和するため、
ほとんどDHスタイルを使わない走りに切り替えた。(風の抵抗が大きくなる)
下地は殆ど平坦で走りやすいのだが、来間島大橋だけは坂あり。
この辺りで足の疲れがでてきた。腰に続きこんどは足、
体のいたるところが悲鳴を上げ始めた。
ここからの50kmはつらかった。
沿道で応援してくれる人に感謝した。
2回目の応援幕の前を通過して元気注入するも、我慢の走りが続く。
このころ、練習の時コンビニで休憩したことを思いだし、
次のエイドではと思うが結局ノンストップで走り通した。
2回目の池間島に向かう途中、救急車が通り過ぎた。
この時、友達が搬送されていくとはまだ知らない。
池間島に向かう時は本当につらかった。
自分が辛かったので、これから池間島に向かう人には、
すれ違う時、『ファイト!』と声を掛けて走った。
声を出すと元気がでるし、相手も元気になるとわかっているから。
みんな辛いし、みんなで元気を出しあい走ろうよと思った。
1500人のアスリートが一つになって。

そして、植物園近くで2回目の兄貴達応援団に元気をもらう。
ここまで来ると、バイクのゴールはもうすぐ。
後で姉から聞いた話であるが、
左肩から血を流しながら片手で走っていた方がいたらしい。
(怪我しても最後までゴール目指して頑張る姿、泣ける)
最後の坂を上って、競技場と宮古島工業高校(ちなみに出身校)の間にあるT2に到着。
バイク荷物を受け取るも足の負担が大きいことに気付く。
痙攣しないようにゆっくり、ランシューズに履き替えて、
ここでやっとBCAAを摂る。
そして、ランスタート。(次回)