2024/4/15 那覇発羽田行き飛行機にて
第38回宮古島トライアスロンは完走ならず。2012年からこれまで6回参加しているが、完走できなかったのは初めての経験である。
故郷で行われるこの大会は親兄弟、親戚、同窓などたくさんの方に応援していただいている。今回はなさけない結果に終わり申し訳なく思う。二度とこのような結果は残したくないとの思いがあり、言い訳的な文章は否めないが、次につなげる情報として書き残す。
那覇経由で宮古島入りしたのは大会2日前の金曜日16:14到着の便で同行者は友人1名。
姉に迎えてもらい、バイク輸送用として親戚から軽トラ借用。※軽トラはレンタカーより何かと便利でバイク預託、レース終了後のピックアップまで借用する。空港近くのJTAドームで大会受付を済ませる。宿泊地はゴールとスイム会場の中間に位置するスカイハウス。選手説明会とパーティまで時間があり、バイクを組んでテスト走行。バイクは輸送上の問題なし。パーティではチームメイトや知人と再会、そのあと親戚回りして初日は終了。
2日目、午前中は友人とスイム会場の前浜での試泳を兼ねての水泳練習。なんと友達のウエットスーツ破損というアクシデント発生、ガムテープで補強してとりあえずは試泳を終える。午後、友人はウエットスーツを求めるために別行動となる。
僕は予定していた島外ボランティアでバイク預託の説明員を行う。
※後で後悔することになるのだが、これが今回の反省項目になるとは知る由もない。
13:00から約3時間、バイク預託案内と選手質問対応に追われる。
ボランティア用に支給されたTシャツと帽子は汗まみれになる暑さでプチ後悔始まる。最初は大声で説明していたら案内アナウンス用拡声器を手渡された。これがまた重い。腕の疲れは否めない。次第に足もパンパンになり、頭痛がしてきた。この時、同じトライアスロンチームメイトからOS-1を頂き感謝すれども既に遅し。4時間の予定を3時間にしてもらった。※反省点は時間に追われて昼食をとらず、水分不足からのプチ脱水症状になったことで最後まで割り当てられたことを全うできなかったこと。「弱いね」って声が聞こえてきそうだ。これもレースに現れたとも思える。その後は自分のバイク預託を済ませて宿泊地で休むこと1時間。夕食は兄貴歓迎ディナーで済ませて2日目は終了。
ちなみに友人もウエットスーツを購入できてひと安心。
3日目、大会当日。昨日寝たのは21時前で起床は4時。日焼けで体がほてって、全く熟睡できなかった。シーツが汗で濡れるほどで、喉の渇きで何度か起きる。昨日のボランティア参加を多少後悔している。便通は良かったが便がゆるいのが気になった。
5時、姉に大会会場まで送ってもらい、バイク最終確認と荷物預けを済ませる。
◆スイムスタート:
試泳のあと自己申告順に整列して、7:00一斉スタート。参加者1500人のスタートとしては幅が狭い気がした。思惑通り過去経験したことがないスーパーバトルが始まる。大げさかもしれないが、折り返しの750m付近は格闘技かと思われるくらい。知人が言うにはこの付近はダイバーが一番多かったらしい。僕は底を見る余裕は全くなく、格闘しながら、溺れる人がでるんじゃないかとよからぬことを考えたりしていた。折り返した後は潮流に逆らって泳ぐことになり全く進まず。水深は約2.5m、たまに魚が見えるほど透明度が高い。底はほとんど砂地。1500mを38分で泳ぎ、上陸して、次の1500mに向かう。泳ぐ人がばらけて楽に泳げるようになったが、たまに交差する人あり。これは想定内であったが、一人だけワザと乗っかる人あり。その人は次々に同じ動作(乗っかって先に進む)を繰り返して先に行く。この動作はスタート直後のバトルでは気づかないが、空いている状態では気づかない方がおかしい。あと、ロープを引いて進まないでくださいの呼びかけも何度も聞いた。(選手のみなさんやめましょうね)
1500m回航は、大外回りして混雑を避ける。帰りの逆流は最初の1500m同様であり、更に10時過ぎの満潮に向けて流れが増したような気もする。後半の1500m泳ぎスイム終了。時間は1時間22分だが。一回目よりも遅い。
◆バイク:スイムを上がったのが8:22でバイクスタートが8:37。予想以上に時間がかかったが気にしない。平良市内を通り抜け、池間島に向かうルート。なぜか非常に眠い。抜かれること多し。後で友人に補給が足りてないと言われた。はたしてそれだけなのか?
約80km地点で実家の近くを通り応援してくれるお袋や親戚から元気をいただく。練習ではバテバテの時間帯だがこのときが一番元気だったと思う。抜く方が多くなった。100km地点、突然右足の古傷が痛む。過去にも同じことがあったが今回ほどではない。
走行速度はどんどん落ちて、何とか制限時間15分前にバイク終了。
◆ラン:走り出しは足の痛みでまったく走れず、次々に抜かれる。もしかして完走できないのではとの暗病反のワードが浮かぶ。3kmすぎた地点で足の痛みは和らぐが、今度は睡魔が襲う。また悪魔の叫びが大きくなる。5km過ぎたあたりで兄貴の応援があり、「完走できないかもと」と暗病反を口にする。それでも折り返してきた友人や知人に元気をもらいなんとか折り返し地点を過ぎて残り15kmとなる。制限時間まで1時間、キロ8分で行けば制限時間に間に合うと頑張るが、25kmの制限時間クリアできず。
終わった。
選手収容バスに乗せられて、ゴール地点に向かう。ゼッケンXXXの何々さん完走おめでとうのアナウンスが続く。メダル、バスタオルがないのはやっぱり悔しい。
来年出直します。
◆後記:ボランティアで参加したことを反省点にした感は否めないが、それは選手のボランティア参加を否定するものではない。ボランティアに参加することで得られたこともたくさんあった。余裕がある方は参加していただきたいと思う。今回、島外ボランティアは5034名も集まり、選手で参加したのは45人とのこと。今後増えることを願う。
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