2009年10月31日土曜日

会社でリハビリ

仕事中はほとんど足を伸ばすことがないので、昼休み時間は、なるべく膝を伸ばすようにしている。
これをすることで歩きやすくなる。

術後10日目

ぐっすり眠ることが出来た。痛みで起こされることなく。
膝の調子も、昨日より良くなっている。これまでは、歩き出しの一歩が全く力が入らなかったが、これが多少改善された。
自宅から駅のホームまでの時間も約10分と退院翌日の15分に比べて2/3である。
結果が明らかに見えて嬉しい。

今日午前は休日出勤である。電車が空いていて足を多少なりとも伸ばすことが出来て楽である。

2009年10月30日金曜日

術後9日目

状況は昨日とほとんど変わらず。
少し変化を感じたのは、歩き方である。
朝風呂で伸ばす方のストレッチを強めにした事で、足が伸びた歩き方に近付いた。
会社では、意識しない限り伸ばす事がないので、夕方は足が曲がったままだ。
それで帰りの歩き方がぎこちない。

今後は、伸ばす方を心がけるようにする。

早く普通に歩けるようになりたい。

夜中の痛み

昨日同様、痛みで目が覚めた。
寝汗もすごい。熱はなさそうだ。
氷で冷やす。即効で痛みが和らぐ。

この状態はいつまで続くのだろうか?
夕方はパンパンに腫れるし。

夕方の腫れ具合は重力の影響あるのか、
下の方がより大きく腫れる。
ふくらはぎの周囲を測ってみたら、朝と夜で1.5cmも違う。

ストレッチやリハビリは改善の兆候は見えるが、
腫れと痛みは和らぐ気配が感じられない。
これらは、通勤、仕事が大きく影響している。
しかし、仕事を休むわけにもいかず、
このままの状態で改善されることを祈るのみである。

2009年10月29日木曜日

術後8日目

夜中アイシングした為、目覚めがよろしくない。
ベッドでトレーニング開始。

その後、風呂に入りストレッチを行う。
昨日と同じ角度まで曲げられてホッとする。辛いが、更に少しだけ曲げる。

歩行は昨日より、少しだけ速くなったようだ。

今日も忙しい1日になる。

アイシング

夜中、痛みで目が覚めた。膝が熱を帯びている。アイスパックに氷を詰めて冷やす。
痛みは、一番大きい傷の膝の内側、そして外側である。

体温は36.3。
寝汗がひどいかったので着替えてまた寝た。

2009年10月28日水曜日

術後7日目帰宅

無事に術後初出勤を終えた。
仕事がたまっていて、頭はフル回転、体はスローな、暇そうに見えて超忙しい1日だった。

写真の通り、アイスパックをしたまま1日を過ごした。写真は電車の中である。

術後7日目初出勤

術後初めての出勤の朝だ。
朝風呂でストレッチして、昨日決めたリハビリメニューをこなす。

自宅を出てホームに到着まで15分、術前の3倍の時間が掛かっている。
電車では座ることはできるが、痛めた足先が出っ張ってしまい、人が引っかからないよう痛めていない足をそれ以上に前に出す。

後は駅から会社までの道のりだ。

頑張れ俺。

2009年10月27日火曜日

退院&帰宅

退院した。
鳥かごから自然に放たれた鳥の心境?
刑務所から刑期を終えてシャバにでた人の心境?
どれも経験したことがないが、たぶんそのような気持ちなんだろう。

タクシー→バス→飛行機→バス→タクシーを乗り継いで自宅に到着。
乗り物の間には歩行がある。怪我してからは最長でも15分しか歩いていない。
それも手すりのある病院のローカだ。
最初は中臀筋が痛み出した。立ち止まってまた移動することで徐々にコツをつかんだ。
それでも、杖をついた婆さんにすら抜かれた。

移動にて一番大変だったことは、まずエスカレーターである。
こんなに動きが早かったんだと思い、しばらくそこにじっとしていた。
エレベータまでも遠いし、結局、エスカレータは利用しなかった。
手すりを使って階段を上った。

空港の進む歩道も利用しない。とぼとぼ歩くのみ。
オーバーな表現かもしれないが、
大きな荷物を持って追い抜いていく人に恐怖すら覚える。

そんなこんなでようやく自宅に到着。
足が腫れて熱を帯びていた。
直ぐアイシングする。
腫れの具合表現する為に太さを図ってみた。
◆痛めている足:
 太もも:42.5cm
 ふくらはぎ:39cm
◆痛めていない足:
 太もも:41cm
 ふくらはぎ:36.5cm

手術前は痛めている足の方が細かった。

明日からのリハビリを計画した。
1)腹圧:10×2
2)セッティング:10×2
3)脚上げ:10×2
4)中臀筋:10×2
5)ストレッチ

復帰する項目としては、
エアロバイク、水泳、ジョギング
である。復帰時期は今後検討する。

術後6日目のリハビリ&抜糸


メニュー
◆左足筋肉トレーニング(中臀筋、太腿、ハムなど) 昨日の倍くらい。
◆ストレッチ(膝を伸ばす)
◆足の曲げ伸ばし機械(CPM)での120度曲げ約30分

予定より1日早く抜糸した。腫れもあまりないとのこと。
スプレー包帯なるものをスプレーして、絆創膏のようなものを貼っておしまいである。
後は、ここでの最後の食事をして、宅急便を出して、精算した後で帰宅するのみである。
今後は接骨院でのリハビリとなる。
アインシングを続けるようにと言われた。
復帰後は、まず水泳、ジョギングと段階的に進めていく予定である。
今度の入院でいろいろなことを経験した。
このことは後でまとめたいと思う。

術後6日目


退院日の朝だ。雨の朝だ。

体温36.1度、脈拍60回/分。


朝はどうしても痛みがある。多少腫れて熱を帯びている。


昨日の階段上り下りがちゃんとできるのか、やって見た。

(その時撮ったのが屋上からの東側写真だ。)

傷口が突っ張るし、痛めていない右膝が熱くなった。
今日の予定。

◆リハビリ

◆抜糸

◆荷物の宅配便送付

◆精算そして退院である。来る時約5時間掛かった。

帰りはタクシーを多様するにしてもやはり同じくらい掛かることが予想される。

(歩くのが非常に遅いから。)

昨日、リハビリの先生から注意されたことを肝に銘じて、帰途に着くことにする。

2009年10月26日月曜日

術後5日目リハビリその2

今日は初めて午後リハビリトレーニングがあった。
明日退院とのことで特別メニューなのか?
午前は模型の階段を使っての上り下りであったが、
実際の階段ではまだやっていない。
実際の階段を使って約7段くらいを3往復くらい行った。
上るのは案外とスムーズに行ったが、
いざ下るときに下をみて、思わず足がすくんでしまった。
繰り返す毎に徐々に慣れた。
ちなみに階段の上り下り手順を記載しておこう。
◆上る時:痛めていない足で一段上がり、次に痛めた足を同じ階に移動する。
◆下る時:痛めている足を一段下ろし次に痛めていない足を同じ階に移動する。
これは午前中のリハビリで教わったことである。

いよいよ、明日退院だ。
リハビリの先生から、以下のことを注意された。
1)空港などにある進む歩道に乗るときは一旦立ち止まってから乗ること。
2)余裕を持ってあせらずに移動する。
病院内と違って外では普通は気がつかないでこぼこがあるのでよく見て移動しないといけない。
3)歩いていて、痛めている足を前に出した途端に視線が内側に入るだけで、
膝に負担が掛かる。動作に注意するようにと言われた。

いろいろ教えて頂いて感謝する。

術後5日目リハビリ

本日のリハビリメニュー
◆足の曲げ伸ばし機械(CPM)での120度曲げ約60分
◆左足筋肉トレーニング(中臀筋、太腿、ハムなど)
◆ストレッチ(膝を伸ばす)
◆歩行練習
◆階段1段毎の上り下り

階段の上り下り出来るようになった。
これで明日退院する自信がついた。

術後5日目


朝だ。写真は病院からの西側の景色だ。
検温時体温36.7度。ちなみに昨日は35.4度。

足は腫れていて熱っぽい痛みあり。

傷口は突っ張る感じの痛みだ。

早朝ウォーキングを15分した。

夜中のナース声で目が覚めた。

面白いことがあったので書いておく。

同室に爺さんがいる。年齢85歳、とっても元気だ。

骨折で今日手術とのことで非常に痛がっている。

ナースは定期的に床ずれ防止で体の向きを変えている。

ナース:『はい横向きますよ』

爺さん:『いたたた.....やめてくれーーー。』

ナース:『やめません。これしないともっと痛とうなりますよ』

爺さん:『いたい、いたい。ちくしゅう』

ナース:『はい。終わりました。』

爺さん:『....』

ナース:『ここ何処かわかるん?』

爺さん:『しらん』

ナース:『??病院ん』

爺さん:『ふん』

ナース:『ボケた?』

爺さん:『ボケとらん』

ナース:『覚えておいてな』

爺さん:『嫌だ』

どう?笑いませんか?

ナースは結構明るくて、めんどうみが良くて、お年寄りに親切。



今日は普通に歩けるようになりたい。

階段ののぼりおりが出来るとよいのだが。

2009年10月25日日曜日

術後4日目リハビリその2&これまでのまとめと予定

今日の自主トレ。 
 1)セッティング:膝の下に巻いたタオルを入れ押しつぶす。
 2)脚上げ:片脚を伸ばして45度くらいまで上げる。
 3)中臀筋:横になり片足ずつ上げる。
 4)腹圧:肺呼吸で息を吸い、吐いてお腹の筋肉に力を入れる。
 5)歩行:15分くらい病院廊下を歩く。

1)と3)はこの病院の午前中のリハビリメニューでも実施した。 

入院して5日目これまでの経過を簡単にまとめる。
◆10/20火曜日 入院
◆10/21水曜日 手術
◆10/22木曜日 術後1日目 リハビリ開始 膝曲げ伸ばし機械(CPM)で90度まで曲げる。
◆10/23金曜日 術後2日目 松葉杖で歩く 膝曲げ伸ばし機械(CPM)で120度まで曲げる。
◆10/24土曜日 術後3日目 松葉杖1本で歩く 自分の力で85度まで曲がる。
◆10/25日曜日 術後4日目 松葉杖なしで歩く 自分の力で95度まで曲がる。

今後の予定は以下のとおりである。
◆10/26月曜日 術後5日目 
◆10/27火曜日 術後6日目 抜糸、退院
本来は10/28日退院予定であったが、1日短くしても良いとのこと。
退院後は場所を変え、接骨院でのリハビリとなる。
ジョギングは3ヶ月後とことであったが、もっと早くからできるようだ。

術後4日目リハビリ

松葉杖一本でリハビリ室に向かう途中、先生が「松葉杖頂戴!」、「え!」…

恐る恐る一歩、一歩、歩けた。歩けた。
ただ歩くだけの行為が嬉しくて…こみ上げてくるものがあった。
今朝までの不安が一気にふっ飛んだ。半月板のちょっとしたズレでの痛み、靱帯を取った内股の痛みと突っ張り、これらの症状も徐々に改善されるとのこと。

術後4日目

朝だ。
初めて痛み止め無しでの朝を迎えた。
痛みでなかなか眠れなかった。多少頭が痛い。
術後1日目の様な感じだ。
痛みがあるといろいろと悪い方向に考えてしまう。
手術は本当に上手くいったのか?
前より悪くなるのではないか?など。

この痛みはしっかり記憶しておきたい。今後、歩けるようになり、そして走れるようになったとき、2度と怪我しないために。

写真は病室から見た東側の景色だ。

2009年10月24日土曜日

術後3日目リハビリその2

昨日程ではないが、夕方から痛みあり、現在もアイシング中。

昼からは、一本になった松葉杖で自主歩行練習。
その後、入院前に接骨院で教わった地味トレーニングをした。

リハビリして、アイシング、そしてまたリハビリの繰り返しではあるが、徐々に回復していくのが分かる。

傷が完全に癒えた後からリハビリしたのでは、こんなに早く回復することは無いだろう。

術後3日目リハビリ

8時に朝食をとって、座薬を入れ、9時前にリハビリがスタート。
膝の曲げ伸ばし120度を約1時間行い、それからリハビリ室に移動して軽い筋トレとストレッチを行った。
その後、松葉杖一本での歩行訓練をし、約2時間くらいで終了して現在アイシング中。

ストレッチは痛いと言わなければ結構ハードだ。昨日と同じように痛みがでなければよいのだが。

術後3日目

朝だ。
体温35.8。
いつも朝6時に検温にくるナースは元気だ。
最近の病院はどこもマスクしているので鼻から下を見たことがない。
勝手に想像したら妖怪の口裂け女になってしまった。
こんな調子で今日の始まりだ。

術後2日目の最終報告

痛みで寝れないので座薬を処方してもらい、ようやく落ち着いた。
寝る前に気になっていたことを記載する。

先の投稿で今日、松葉杖がとれて全体重をかけた歩行練習と書いたが、それは間違いだった。
実際のところは、膝曲げ伸ばし120度までと、松葉杖での歩行練習であった。

一日一日、回復しているのが分かる。

明日はもっと回復するように頑張るのみである。
来年の那覇マラソンに向けて。

2009年10月23日金曜日

痛み有り

17時頃より腫れと痛み有り。血抜き管と痛み止め管を抜いたためだと思われる。
腫れを抑えるためにアイシングと心臓より高い位置での安静とする。

血抜き管、背骨の管抜く

先程、先生が見えて予定通りに2つの管を抜いた。
違和感はあったが痛みは無い。背中のテープをはがす方が痛かった。

さあー、これから洗髪ができる。ちなみに風呂に入れるのは抜糸後の7日目だ。
食堂での食事も可能となった。食堂では新聞を読む事ができる。

病院食事

初めて食べたときはまずいと思ったが、
今では楽しみの一つになっている。
カロリーはだいたい1900カロリー、私の基礎カロリーが2100なので、
このままでは痩せることになる。
術後の足への負担を軽減するためにめ痩せることは良い。

廃液ボトル

食堂で食事できるか聞いたところ、廃液管が外れてからとのこと。
今朝から10ml増えている。午前中のリハビリの影響?
現在アイシング中である。

術後2目

朝だ。昨日は3時間毎に寝汗で目醒めて、
着替えてまた寝るの繰り返しで8時間くらい
ぐっすり寝ることができた。
おかげで頭がすっきりしている。昨日とは大違いだ。

今日は全体重をかけた歩行のリハビリである。
この状態で負荷をかけられるかが気になるが、

頑張るのみである。

大汗

座薬を処方してもらい、ぐっすり寝ることができた。
昨日はほとんど眠ることが出来なかったが、
今、3時間ほど寝て大汗で目が醒めた。
熱が下がったようだ。

2009年10月22日木曜日

体温37度

体温が下がった。
ベッドの床ずれ防止マットをとるとのことで追い出されてしまった。
2回目の松葉杖歩行。
だいぶなれた。

松葉杖ついてトイレに行けた。

今日はえーかな。今日はBやはー。
ナースの会話で思わず笑ってしまった。

松葉杖でトイレに行けた。

ナースがびっくりしていた。「こんなんはやいのはじめてやはー」お世辞でも嬉しい。

リハビリ開始

CPMなる機械で足曲げ伸ばしのトレーニングだ。
30分前に座薬を入れたので痛みは感じない。
1時間くらいやるらしい。

手術後1日目

腰痛と痛みでなかなか寝れず。
熱あり、38.1。
足痺れなし。
圧迫装置着ける。
動き困難なり。

2009年10月21日水曜日

手術後4

夕ご飯だ。とりあえず完食。
先ほどまでの吐き気は???

手術後3

麻酔が切れて痛くなる前に書いておこう。
今回の麻酔は全身麻酔と局部麻酔の2つで行っている。
下半身の痺れは局部麻酔の影響であり、後数時間できれる。
しかし、背骨の第2と第3の間に麻酔注入の管が着いていて、
痛みが発生したら自分で麻酔を注入できる。写真がその麻酔だ。

このメール(携帯からのブログ投稿)書いている時、

ちょうど麻酔の先生がきてくれたので詳しい内容を書くことができた。

手術後2

2時間経過?
お茶を飲ませてくれた。吐き気はおさまったようだ。腰から下は感覚なし。
本当に手術した?
下半身を見てみた。
尿管と血抜き管がしっかりついていた。

今思い出したが、そういえば先生が手術後の説明にきていた。
半月板損傷はあまりないと言っていたような。

手術が終わった

麻酔から醒めた。
吐き気止め酸素マスクをしていた。
もうろうとしている。
吐き気あり。

2009年10月20日火曜日

手術入院
























自宅を出てから5時間、ようやく病院に到着した。
今日から最低8日間の予定で入院する。
そして、明日午後には前十字靭帯再建手術である。
この病院には、北海道から沖縄まで全国から多くの患者がいらっしゃるとのこと。
多いときで一週間で8件の手術があるらしい。

手術の説明、手術後のリハビリ説明までスムーズに進み、心配することはない。
語尾に訛りのあるスタッフの方もとても丁寧で安心した。

2009年10月14日水曜日

心に余裕を

一週間後には前十字靭帯の再建手術である。
入院はその1日前からとなり、今日休暇届けを提出した。
たまたま仕事が忙しかっただけに、手術日程を決めるのに苦労した。
スケジュールをもとに最終調整をして、休みの間の段取りを整えた。

入院まではまだ忙しい日が続くが、久しぶりにメディアプレーヤーを取りだした。
音楽を聴く余裕ができたことですっきりした気分だ。

同じ手術して5日で退院した人もいる。
自分場合は7日で退院の予定である。
それまで地味トレもしてきたし、必要な知識も得た。
さらなるステップアップの為に手術するのであり、
暗い気持ちは全くない。
ちなみに、今日東京マラソンの落選届けが届いた。
一年後、また挑戦しよう。

2009年10月9日金曜日

地味トレ

膝の手術を前にして、走る代わりに、
腰痛改善トレーニングと手術前トレーニングをしている。
3週間目となって多少効果を感じる。

地味トレであるが、手術後の早期復帰の為、
頑張れ、俺。

2009年10月4日日曜日

前十字靱帯再建手術

久しぶりの書き込みだ。
書き込みしない間に大きな変化があった。
あまり良い話題ではないので簡単に記載する。

タイトルで示すとおり、手術することになった。

腰の痛みで接骨院に行ったところ、
左膝の靱帯再建手術を勧められた。えっ(びっくり)
今まで、走ったり、泳いだり、WSFしたり、と普通にスポーツしてきた。
まさか膝に問題があったとは。

CT検査、MRI検査など、2つの整形外科病院で検査した結果、
左膝前十字靭帯がないとのこと。

2002年2月にWSFで怪我したときに断裂していた。
腰痛になったのも、この怪我があってからである。
接骨院曰く、左膝をかばって筋肉のバランスが悪くなって、
右側の腰に負担がかかり腰痛になっているとのこと。
手術をしなければ歳とってからビッコを引くこともあるとのこと。

手術をすると、ジョギングできるよになるまでに4カ月かかる。
目標としていた『RoadToNaha20091206』はあきらめた。
簡単に書いているが、結論を出すのに相当悩んだ。


今日は久しぶりに5km走ってみた。
こんなに走れるのに?
いかん.....また悪い方に考えてしまった。

このブログは何度も書き直している。
見てくれる方が暗くならないようにと。

このブログは『RoadToNaha20091206』で示すように、
自分のモチベーションを高めることと、
同じ目標を持つ人に少しでも良い刺激になればと思い書いてきた。
今回の那覇マラソンにはもっと重要なことがあった。
このことについては今後記載する。

今年は、那覇マラソンを走ることができないが、
このブログはこれからも書き続けるつもりだ。

来年に向けて、そしてさらなる目標のために。