宮古島エコマラソンと里帰りの2泊3日の旅が終わった。
マラソン走って、その日のうちに帰路に付くバードなスケジュールであったが、
良い思いでも沢山もらった。
羽田発直行便に乗ったのが大会2日前。
1日目はお袋の病院、買い物、親戚回りであっと言う間に1日が過ぎた。
お袋と一緒だといろんな人に会う。
島を出て34年、まだ自分を覚えている人が沢山いるんだど思い知らされる。
2日目は、掃除、シロアリ駆除(古い家で床下が大分やられている)と床下補強工事、
また親戚周り(お土産10件分すべて完了)で、あっと言う間に2日目も終わる。
そして大会当日、8時前に会場入り。
天気は曇りで風が強い。
強風と身体的にも多少の不安があるが、いろんな人との再会で勇気倍増。
スタートまでに知人友人、そして紹介され方など沢山の人と会話するが時間があっと言う間に過ぎる。
開会式が8時30分。
スタートが9時。ハーフとフルが競技場からスタートするに対して、
10kmの部が伊良部島側からスタート。
どの種目も競技場がゴールである。
ハーフとフルの参加者で約200mの距離に収まる参加人数。
スタート前整列の場所は殆ど最後尾で、スタートラインを切ったのが1分20秒遅れ。
コースは競技場を出て最初が下り、
そして最初の難関の伊良部大橋(さんご礁の名の3.54km)。
伊良部大橋の手前から10kmの部のランナーとすれ違う。
この辺りでお袋や親戚の応援にて元気をもらう。
伊良部大橋に入って折り返してきた先頭ランナーと行き違う。向かい風でキツそうだ。
こちらは追い風で気持ち良く走れたのだが、
折り返しのランナーは大変そうである。風速15mはあろうか?
伊良部大橋をわたり、島に入ってすぐを折り返した。
この先しばらく後続とのすれ違いで仲間とのハイタッチとなる。
やはり、戻りの伊良部大橋は風が強い。
仮装でマントをまとったランナーは「飛べー」とやじられていた。
下地に向かう道路(R390号線)は緩やかな下りで走り易いが、
ここから日が照り暑くなった。
右手に遠く海を見ながら太陽の下を走る。
エイドでの給水は水のみ。(前半は炭酸は飲まない)
顆粒のVAAM(明治)も一緒に流し込む。(脂肪燃焼してエネルギーになることを期待)
下地地区、バガウマリズマ(我が故郷)に入る。
下地字川満地区を通り、左手に沖縄製糖工場、右手に赤名宮、
そして遠浅の与那覇湾を右手に見ながらまだまだ元気に走る。(中間点辺り)
下地字上地(住んでいた時は気にならなかったが、下だの上だの変な地名だ)を左折して、
多少のアップダウンで下地字洲鎌に入る。
R390号から右折して両サイドサトウキビ畑が続く道あたりから曇り出したと記憶している。
その後、皆愛地区(いい名前だ)を通って来間大橋に向かう。島方向は追い風なのだが、
戻ってくるランナーは向かい風で辛そうだ。
ここで裸足で走る友達に会う。20km付近から裸足とのこと。
来間大橋は両サイドともいい眺めで疲れた体を癒してくれる。
過去のコースでは大橋を越えて下ってまた上って折り返しとなったが、
今回のコースは橋途中での折り返しである。
さあ、ここから向かい風。体を丸めて前傾姿勢で走る。
強風で歩く人も多くなる。
来た道を戻り、川満地区でコース側の友達の家で靴を脱いだ。残り7km辺り。
裸足でのマラソンは過去に経験ないが何とかなるだろう!
それと先に裸足で走る友達への挑戦だー!みたいな変な競争心。
路面からの足裏刺激で疲れを忘れるようでよいのだが、
やっぱり痛い。靴を脱いだことを多少後悔する。
それでも応援してくれる人が裸足に気付いて「がんばれ!」と言ってくれるのはうれしい。
でも痛いのは変わらない。
そんな中、先に裸足で走っていた友達に追いついた。
裸足で相当痛みがあり、スピードダウンしたようだ。
街中では応援も増えて元気が出るが、やはり痛い。特に下りが。
あと、5,4,3km...と1km毎に我慢が続く。
そして、競技場に入った。
やっと終わる。何だったんだこのマラソンはと思う。
コールして足裏を見ると、ひどい状態。
それからしばらくして、約20kmを裸足で走り通した友達がゴール。
足をタオルで巻いている。血豆がつぶれたようだ。
やっぱり靴は大事だねと一言。
いい思い出でとは言えないが、多少の武勇伝か?
その後、3日くらいは足裏の痛みが続いた。
だが、「2度とやるものか」との気持ちは無い。練習すればフル走れそうだと思う。
だって子供の頃は裸足で走り回っていたのだから。この島で。